寛仁親王牌開催最終日。決勝戦直前の選手紹介からヤマダグリーンドーム前橋は異様な雰囲気に包まれていた。

ホームスタンドに陣取った、観衆の多くが、赤い勝負服の男に熱い視線を送る。

この赤い勝負服の男が決勝戦一番の人気を背負っているのだが…

男の背中に威風堂々たる雰囲気はない。
日々の鍛練によって鍛え上げられているはずの筋肉の鎧が、いつもより小さく感じる。

いけるのか？稲垣。
僕の心に一抹の不安が宿る。

今まで何度となく、逃してきた。
逃した悔しさは、逃した人間にしか分からない。

だから、これまでに経験した稲垣の悔しさを軽はずみに言葉にはできない。

だけど、誰だって知ってる。
チャンスをものに出来なかった時の心を刺す痛みは…

自分がとにかく情けなくて
その情けなさに腹がたって、何度寝返りをうったって眠れなくて…
やけになって酒の力を借りるしかなくて…
あの時、あの瞬間、どうして自分はそんな判断をしてしまったのか…
もう一度、もう一度、あの瞬間に戻れたら…戻れたら…戻れたら…

そう思いながら空が明るくなってくるあの感覚。

それを知ってるから
だから、稲垣を応援する。

…
…
…

そして、その稲垣がついに勝った。
やったんだ。ついにやったんだ。

『苦しかったこと、悔しかったことはきっといずれ、お前の財産になる』

偉い人からかけられる
そんな言葉、好きじゃないけど

今日は少し信じてみたくなる。

よし、もうちょっと、もうちょっと
僕も頑張ってみよう。