テレビの競輪中継を見ていて、画面に場内を歩く客の姿が映るとふっとうれしくなる。
むろんレースの実況映像には観戦する客の姿も視認できるのだけれども、そうじゃなく、レースとレースの合間に、バンクには誰もいない・みんなが車券を買っている時間帯に、競輪場の中を歩いたりしゃべったりしている人の姿を見ると、安堵するのだ。
放送席、オッズ、レース実況、確定板、放送席、勝利者インタビュー、放送席……それらの繰り返しが競輪中継の要諦だとしても、たまに息苦しくなることがある。
断っておくが何かを嫌悪しているわけでは決してない。だいたい、一日中テレビの前にかじりついて見ているわけでもないのだから。息苦しくなるのはこちらに八割方因があるのだと思う。ただ最近妙に、場内を歩くお客さんの画が挟まるとほっとする自分がいる。
一風の清涼剤と記してみる。いや、陳腐だな、却下。
なかなか現場に行けないから、辺りの空気が恋しいだけかもしれない。
じゃ行けばいいだろう、平塚なんてそう遠くもあるまい。
おっしゃるとおり、だけど行けない・行かない俺が駄目なのである。
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