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郡司を買うようになったら郡司がこない

2020/08/26 15:45 閲覧数(386)
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 二〇一三年の後半、深谷知広-金子貴志の連携を深谷中心の車券で追っかけたが、結果はことごとく金子の優勝であった。年末の金子のグランプリ優勝を立川競輪場の正面スタンドから見ながら、意固地になって「逆」を打ち続けた苦しい旅を終え、幾らかホッしたのを憶えている。
 何年か前、私は郡司の大舞台での勝負弱さを憂うる文章を幾度か記している。ややけなし気味の表現も混じっていたかもしれないから、郡司ファンには反感を買ったことだろう。
 その私が今年は郡司ばかり買っている。予選や準決で峻烈きわまる郡司の捲りを見、決勝は「縛られたように」買ってしまう。
 が、車券の相性は芳しくない。滅多に見せない――最近はそうでもないが――彼の先行レースに出くわしたり、惜敗に地団駄を踏んだり……。勝率四割以上の選手を追っかけ収支マイナスというのは仕方ない、◎か◎に近い頭を買っているのだから。それより、勝率四割以上の選手が負けちゃうレースばかり選んでしまうというのが駄目なのである。
「郡司批判」を発した過去による因果なのかしら――。
(郡司は強いが郡司とは相性が悪い――。)想っても記してはいけない。
「おもったことをすぐ口にだすな――。」映画『ゴッドファーザー』の二代目のドンは後継者にこう説諭する。
 明日から開幕する小田原記念、三連覇がかかる郡司浩平の四日間の四度のレースを、どういう案配で、どう取りこむのか。それが問題だ――。
 三十五六年前の夏の小田原記念競輪からの帰路、人だかりをのぞくと、蛇とマングースの闘いだったか、安っぽい大道芸を演っていた。あの輪の中に居た人たちの幾人がすでに鬼籍にはいり、幾人がもう競輪などやめ、幾人がまだ競輪を離れず、幾人が明日からの小田原記念の車券を買うのだろう。ふとセンチメンタルな想いがおこった私だが、そんなことはどうでもいいことだ。

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