拙宅から川口オートレース場までは徒歩十数分。
到着して正門を潜った途端空腹を感じた。
昔から不思議とギャンブル場に這入ると腹が減る。
煮込みとカレーを白飯に載せたふたがけ丼を注文した。
出来上がりを待つ間にも客の出入りは頻繁で、ガタイのいい男が持ち帰りの煮込みを頼み、揚げ竹輪一本を取って食べ始めた。次の三人組は唐揚げ、唐揚げ、竹輪揚げと各々選んだ。ふたがけ丼のお客様ぁ――。呼ばれた俺は、あと揚げ竹輪も一本、と追加の百五十円を払った。好きなのを棚から選んでくださいねと女店員は云った。店からちょっと離れたコンクリートの縁石に座って食べた。隣には二十代とおぼしき男性二人。おそろいではないけれど、ともに白い革製のスニーカーを履いて携帯電話をいじっていた(車券投票をしていたのかも知れない)。ふたがけ丼と揚げ竹輪に「格闘」しているうちレースが締め切り、客が各々の観戦場所に散った。俺はのそのそ食べつづけた。最初は実況を耳で追っていたが、所々エンジン音に掻き消されてしまうので途中で諦めた。誰もいないとおもったらいつのまにか左隣に老人が座っていた。
川口オートレース場は只今改修中で、正面スタンドの中央付近が更地になっている。丁度周回掲示板の前辺りだ。物好きにも一度ここから観戦してみようと実行した。正面、二角から向こう正面、三角四角が消えて又正面という「視覚」だろうか。消えたらオーロラ・ヴィジョンだが、光の加減で見づらかった。
車券の結果は一着・着外・着外。験の良い場所にならなくてホッとした。
いつもの場所にいつもの猫が居た。女性がしきりに構っていた。撫でられた猫が気もち良いのか嫌がっているのか微妙におもえた。
デカい声で座を賑わす男は体も大きかった。男性三人に女性一人のグループはなんとも楽しそうだ。俺より歳下なのだろうな、四人とも。ふと、そんなことを考えた。
昼過ぎには眩しいほどだった陽も間もなく落ちる。最終レースの発走を待つ晩秋のギャンブル場、気温がぐっと下がり、ジャンパーの襟元のファスナーを引きあげた。そうそう、この感じ、四十年前とおなじだ。危うくタイムスリップしそうになった。
カッコーワルツの旋律が信号音に変わり、締め切り間近を場内に告げている。
さあ、最終だ――。
奮い立たせるように腰を上げ、一角の金網附近に移動した。第十二レースの選手たちが零・十・二十のハンデ位置にバイクを慎重にスタンバイさせるのが遠目に見える。十一レースまでは、右手の敢闘門手前で待機する次レース出場の選手達が、試走のためにエンジンを掛けるので、その音の塊が本番目前のエンジン音に混ざるのだが、最終だけは純粋に八人の音だけを聞ける。だから最終レースのこの場所が、俺は一番好きだ――。
最終が跳ねると、昔ほどの混雑ではないにしても、車、バス、自転車、バイク、歩行者でギャンブル場独特のカオスが生まれる。「信号が赤に変わります――!」と警備員ががなると、俺の隣を歩く爺さんが「変われば轢いてくれ――」とぽつり云った。
半日、「変わらないギャンブル場」に浸った俺は、ちょっとだけ元気になった。
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