なまじ初手から中団というのが原田研太朗には仇となった。など記せば失礼に当たるかも知れん。だいたい取れちゃった中団をはずして迄八番手に下げるというのも変だし仕方ない。ただ、小動きと入れ替わりの末の八番手よりも、端から泰然の八番手にこそ、原田の競輪は生きるのではなかろうか。あくまで私見である。しかも結果論にすぎない。
ぎりぎり届くかどうかの遅い捲り。やっぱりハラ・ケンはハラ・ケンだった。不変のスタイルは清々しくもあった。
その原田の猛襲をこらえ優勝したのが柳詰正宏だった。両手を高々と挙げてほんとにうれしそうだった。客席に放ったヘルメットが一度は届かず、投げ直したヘルメットが描く放物線を私は必死に目で追っていた。一寸だけ緊張しながら。無事とどいたのを見届けて安堵した次第である。
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