水の都・岐阜県大垣市。

大垣競輪場を訪れたのはつい数日前、JR大垣駅から無料バスで１０分ほど。
この日は平日のF２開催ということもありファンはまばら…無料バスに乗車しているのは僕を含め、１０人にも満たない。全国的に冬の時代を迎えている競輪界であるが、ここ大垣競輪場も例外ではないようだ。

初めて訪れた大垣競輪場、失礼ではあるが予想どおり元気がない。
場内設備の傷みが目につき、お世辞にも若い世代の新規ファン獲得を目指す環境とは言い難い。

最近よく見かけるスタンドの一部立入禁止。ここ大垣競輪場もバックスタンドが閉鎖されている…出入口はまるで幕末の志士・武市半平太が囚われていた牢屋の如く、木製の格子で塞がれている。中を覗けば二度と息を吹き返さないであろう無言の券売機達が、淋しそうに薄暗いデッドスペースを見下ろしていた…

昨年の一宮競輪場廃止に続き、愛知・岐阜地区競輪専門チャンネル２８２まで終了、負の連鎖が懸念される中部地区。そんな中、大垣競輪場の行く末を案じる一人の男が立ち上がった。

男の名は『古屋聖志（フルヤサトシ）』

聞き覚えのある人もいるでしょう…そう、元競輪S1選手。岐阜の６８期生としてデビュー、S級を含む優勝回数２９回の地元地区では名だたる選手…であった…あの事故さえなければ…


２００３年２月９日、小松島競輪場。
西日本王座決定戦最終日のこの日、落車に巻き込まれた身体は１０メートルほど飛ばされ、バンクに立ち上がることなく病院へ…以後、彼が二度とレーサーに跨がることはなかった。

頸椎損傷…リハビリを行ったものの、復帰どころか日常生活に影響のでる身体へと変わってしまう。そして３年後の２月、将来ある青年は１０年の短い選手生活を終えることに…

そんな彼が引退後、かつてのホームバンク大垣競輪場に帰ってきた。低迷続く競輪界に恩返しをしようと、場内の一角でガイダンスコーナーを設け、ビギナーからベテランまでのあらゆるファンにアドバイスを送っているのだ。

悪夢のような落車事故、二度と思い出したくないだろう。僕が彼の立場であれば競輪場に近づくことさえイヤになると思う。ところが彼は立ち上がった。奇しくも不慮の事故に遭遇した時代は、競輪隆盛期と呼ばれた時代でもある。現状を見るに耐えなかったのかもしれないが、彼の勇気ある行動に感銘を受けずにはいられなかった。

この日僕は、古屋さんに少々マニアックな質問を投げかけてみたが、笑顔で答えてくれた。そして禁句とも言うべき現在の身体状況を尋ねると、『現役復帰はダメでしたね、欠場期間は３年の決まりがあるんです。で、落車後３年で引退したんです。今では杖を使えば歩けるまでになりました』と、これも笑顔で答えてくれたのです。

ハンディを背負いながらも競輪を応援する彼の姿に、競輪界もなんとか奮起して欲しい…そんな気持ちが生まれたのは、少し淋しげに映る彼の笑顔からでした。

選手生活はゴールすること無く途中棄権となった彼も４４歳、一方で人生はまだ２コーナーを過ぎたあたり…現役時代、特にヒイキする選手ではなかったが、今の生き方は僕の中での大本命。競輪界を応援する彼を、逆に応援したくなる不思議な気持ちにかられてしまった。

帰りぎわ、未だ障害の残る右手で、ガイダンスコーナーのステッカーを手渡してくれた。水輪会と書かれた小さなステッカーだが、僕にとっては大きく重いモノ、大切にとっておきたいと思う…


最後に、選手にもファンにも痛い落車事故が少しでも減ることを祈りたい…そして競輪界が衰退しないことも…ありがとう古屋さん、あなたは今も立派なＳ１戦士です。