仕事先の競輪場の記者席に電話が掛かってくる。
内勤の先輩記者からだ。
次のレースの買い目を告げられ(資金は前日会社で預かった)承知の旨を伝え電話を切ろうとすると言われた、――わるいけど実況頼むよ。
スピードチャンネルもインターネットもなかった昔の話だ。むろん電話投票もなかった(もしくはまだまるで普及していなかった)。
この実況が意外にむずかしい。素人なのだからあたりまえだが、今の競輪に比べレース形態がそれほど複雑じゃない時代でも、音だけで競輪を伝えるのはひと苦労である。
とくに小回りの三三バンクは展開が目まぐるしくてたいへんだった。
逆に五百バンクは、ゆるゆるとしたと記せば語弊があるけど、目で追いしゃべるにすこし余裕があった。
まん丸に近い高知の走路は大宮とはまるで異なる五百バンクだけど五百には違いなく、やはりスピードの上がり方が、ラインの出這入りが、ゆったりしている感じを受ける。ま、実質的に動くのが打鐘からだから仕方のないことだけど。
最後の準決のスタート直前、発走機に居並ぶ九人がそれぞれルーチンの所作を見せると、九人の前にできた長い影がそれをなぞる。妙な風景だった。私はなんだかほわっとした気分になり、ふっと想った、どうせたいした入れ替わりもなく脇本雄太が勝つのだろうな。
誰もが考える出這入りが一回あっただけ、文字どおりゆるゆるした一本棒だ、しかし勝ったのは町田太我で二着三着もそのライン、中団の佐々木悠葵ラインも七番手の脇本雄太ラインもあっさり不発となった。
【高知記念優勝戦】犬伏湧也や町田太我の豪快さを見るにつけ、輪界に吹く風の向きが、時代の流れが、変わりつつあることを感ずるが、それでもまだ、やっぱり、平原康多や松浦悠士や新田祐大の名前に抗えない自分がいる。凡百の迷いとはほど遠いただのS班ボックス、町田を使えるぶん松浦に重きをおくのもいつものことだ。
③②⑨と③⑨②を買います。
附記。松川高大は平原康多マークで荒井崇博は新田祐大にマーク、九州の二人はそれぞれ利のある位置を求めて別線となった。あたりまえと言えばあたりまえのことだと私は思うが、最近はよく、並べばいいのに並ばず単騎がずらりというのを見せられてきたから、それでこそプロフェッショナルとうれしくなった。
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