ここは負けないだろうと買った一本被りの捲り屋は全然届かずで、俺は一息つきに手洗いに立った。ふと洗面所の鏡に写った我が頭髪が逆立ち気味なのにひとり可笑しくなり、ある記憶が突如よみがえった。
E先輩の知人でSさんという人間が居て、肩書は芸能プロダクションのマネージャーだったが、真偽は怪しい。それらしく仕立ての良い小綺麗な背広を着て、いつも頭髪がきっちり整髪料でセットされていた。そうだ常に重そうな黒革のアタッシュケースを携帯していたっけ。中身を見たことがあるというEさんの説明はここでは記せないが……。
Sさんは朝一の競走から最終まで驚くほどの金額を張る人だった。勝負師というより競輪に車券に耽溺している風情でもあった。
ヤラレて来るとSさんの頭の毛が逆立つことを「発見」したのはEさんだったか俺だったか。笑いをこらえながら「その場面」を待っている悪趣味の俺とEさんだった。
Sさんゴメンナサイ――。でも、ちょっとだけ仲間入り出来たみたいで、光栄です。
立川競輪場の帰りだから立川の駅ビルだ。レストラン街の洋食屋でEさんSさん俺とあと一人で軽くやっていた。隣のテーブルで女子高生風の三人が賑やかに食事をしていたのだが、その三人が帰り支度を始めるとSさんはサッと立って、先回りするように店の入口の方にむかった。Sさんはレジの前で女の子たちを迎え、談笑しながら彼女らの勘定を払い、名刺を配ったのだ。俺とE先輩は一流のナンパ師を見るような眼でSさんの早業に感心していた。
Sさんの自宅に招かれたE先輩の「証言」がこれまた凄まじいのであるが、残念だが他言は憚られる――。
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