老体の鈍さに気が滅入るのは、若い頃の反射神経を脳が覚えているせいらしい。
昔の競輪と今の競輪の違和感をああだこうだブツブツ呟いたり、昔の映画やドラマやライヴを持ち上げ贔屓する私だが、そのための「理論武装」などないに等しく、畢竟するに「若い頃」が忘れられないだけのことなのだろう。
♪なにを しても 昔 ひきずってるだけなら/今 あきらめてほしいの/あなた そこで おびえ信じられないなら/今 あきらめてほしいの/あなたの中で 転がり続ける恋 今 止めて/見つめてみれば 遠くで あなたは 浮かぶの――と、下田逸郎が『ふたつの舟』で唄っている。
“競輪を見つけ、惹かれ、淫した四十年前の「恋情」などお笑い種だ。もうあの頃の競輪を想い出すのもむずかしくなった。”――この数年、壊れた再生機のように繰り返す私だが、だからと云って競輪より面白いものがあるわけではない。
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