むかしの小倉のこの時節は、競輪祭と大相撲の地方巡業とプロレスの興行がよくかさなった。
夜、繁華街を歩くと、プロレスラーや力士とすれちがった、というか目だつ大男に立ちすくみ道をゆずった。
あんた、ほんとにジャイアント馬場かい? とK先輩がぶしつけに尋ねたという逸話が残っているけど真偽はあやしい。
中学生のときだったか、一緒にプロレスを観にいった友人が、馬場さんの入場に際し背中をバチンと叩いて若手レスラーに怒られた。
午前中のデニーズかどこか、うら若い力士数人が食事をしていたのに出くわしたことがある。大男が割り勘で会計を済ましている光景がなんとなくユーモラスだった。
毎晩卓を囲んでいた雀荘のマスターが、明日は店を休みます。お休みなんだ、どこかちがう雀荘あります? お客さんたち他じゃ打たないほうが……。小倉の街のこわさを知らない、関東弁でうるさい集団へのやさしい忠告だった。素直なおれらは、明日は麻雀やらず明後日また来ます。それがいい、とマスターが微笑んだ。
あの頃は、昼競輪(仕事もちょっとだけ)、夜アソび、六泊七日ずうっと愉しくてしかたなかったのに、今じゃ六日開催に飽きの気分もおこる。ま、部屋のテレビ観戦とくらべるのはおかしいか。
ジャイアント馬場も、馬場さんに失礼したKさんも、あの世に旅立った。おなじく馬場を叩いた友人の行方はわからない。が、おれは案外しぶとく、競輪だけはまだやっている。
【小倉競輪祭決勝】園田匠は初日の内容(あっさりマークをはずし取り返しにいかない・いけない)に閉口で以後きらったら、なんとピンピンピンだ。北津留翼も最近ちらりポカが目だつようになった。わかったようなことを別欄に記したが、超抜のデキを見せつけられ、ただただすいません、である。
過去の競輪祭で、園田が北津留を使わなかったレースがあったような……そんな記憶が残っているのだけど、いかんせんかなり以前のできごとだから、自信はない。「強いけどアテにならない北津留翼」が当時の通り相場だったのかしら?
「◎の北津留は買わない」とか「マークは甘いがキレ一流の園田匠」とか、勝手放題の辛口をはいていた「前科」ありのおれだが、新田祐大の捲りの上を更に捲ってしまった両名には脱帽です。
♪今さらジロー、と唄ったのは小柳ルミ子。今さら北津留翼? 今さら園田匠? と思案するは、はしくれのおれだ。①④と④①の二車単を買います。
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