あれは『ふるさとダービー』の伊東出張だったか。割に大きめの温泉旅館が貸し切りに近い状態で全国の予想紙の記者の宿舎にあてがわれた。ビジネスホテルとは違うから部屋の種類は色々で、各部屋一人と云っても、四人楽々の広い一等室を引き当てた者から、狭めの三等室まで様々、ま、こういう場合は大抵《格上》の先輩連がいい所を締めるのが通例で、別に文句は出ない。が、部屋数が足りなくなったのだろうか、“ドライバーズ・ルーム”なる名称だったかな、普段は客室ではない様な部屋を配された最若手の数人から不満が出た。云い出したのはHだった記憶する。ふだん奴が怒鳴ることなぞ滅多にないから、勘弁して下さいよ位の口調だったのか、いや、冗談じゃないと気色ばんだ気もするなあ。
【伊東記念競輪決勝】新田祐大も深谷知広も未勝利且つ三着いっぱいの進出で、逆に北津留翼は二勝と元気だ。毎日一本被りで三着三着三着の新田には苦笑いしかないけど、相変わらずの運行はさながら《内を使う競輪》の探求者である。それは冗談として、新田の場合、失敗すればするほど、これ又強く見えるから始末に負えない?
かなり解らない決勝となったが、第一感は寺崎浩平、理由は唯一三人で闘える《数的優位》と記せば凡百も、ただの数的有利ではない。
初日、寺崎は突っ張り先行に出て四着に沈んだが、椎木尾拓哉を絶好展開に導いた。二日目は寺崎-村田雅一-椎木尾と組んでぶっ叩く。椎木尾が一旦離れたけど懸命に追い返し、結果は並んだままのワンツースリー、準決も寺崎は外連味なき逃げ戦法でゴールは村田の寸チョン決着だった。四度寺崎のド先行! が極々自然な考えではあるが、私は勝手な想像を巡らせる。村田も椎木尾も言葉には出さずとも「寺崎、決勝はお前が獲りに行け」と、無言で《空気》を入れた。
④②、④③、④⑨の二車単を買います。
追記。友人Oと一泊二日で行った伊東のひら開催が懐かしい。急な階段を昇った上の食堂で食べた刺身定食が美味かった。栃木の福田兄弟の誰かが本命で差されたのかズブズブ食ったのか、もう忘れている。泊まった旅館はこぢんまりとして宿代も安かった。ピアノがあって音楽家の写真が飾ってあった。と思うのだがどうにも記憶はあやふやである。Oが伊東駅の売店で買い求めた“内外タイムス”を海岸で読んでいる。海風が新聞紙をはためかす。そんな絵柄が浮かぶのだが、これも異なる記憶とごっちゃになっているか知ら。
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