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別種の明るさ、格別の拓けさ。

2023/04/12 13:31 閲覧数(415)
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 まずはしっかりいい準備をして、は今や次戦の抱負を訊かれたアスリートの答えとして定番となったが、日本で最初に同フレーズを使い始めたのはサッカーの本田圭佑ではなかったか。あまりにかっこうよかったからみんな真似をした。
 すこしでも見ている人に力や勇気をあたえられるようなプレイを、も最近はよく耳にする。
 競輪だと、すこしでも車券に貢献できるように、変化技のコメントにも時折出くわす。
 時代の流れとともに、スポーツ選手の使う言葉も、競輪選手の使う言葉も、変わってゆく。
 昨今、ごっつぁんです、しか言わない昭和気質の相撲取りなどいない。人によっては野球選手や競輪選手より力士の方が雄弁な場合も多々ある。
 俺にとってスポーツからもらえるものが勇気や力であるかは別として、スポーツに説明不要の興奮と感動を覚えることは間違いない。実際、何度見ても見飽きない名場面が六十五年分こころに刻まれている。それは人生の想い出の一部でもある。
 が、俺にはそれとは別種の明るさを放つスポーツの瞬間があり、それは競輪という種目に限られる。しかも、名場面とかいいドラマであるということはかならずしも必要条件とはならない(むろん良質の物語が付随する方がより良いが)。
 回りくどくなったので簡潔に記す、それは車券が当たった瞬間である。
 車券が的中すると、俺の脳内に何が生まれ流れるのか知らないが、理由のない安堵につつまれる。未来への道が拓けると記せば、お前は馬鹿か一千万でも取ったのかと失笑されることだろう。が、純粋なスポーツの感動とは別種の明るさと格別の拓けさが俺に訪れる。これは何とも特殊な忘我の瞬間で、普段はまるきり覚えることがない自信に似た感情もおこったりするわけで、まァ、しかし、たいした持続性はないから、すぐに元に戻るのではあるが。
 車券の的中が最上の忘我だとするならば、俺はやっぱり競輪に病み付いているのだろう。
 あァ、滅多に車券が当たらないからこその効用とも言えるのかしら。

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