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「タケやん」の想い出。

2019/02/16 22:10 閲覧数(283)
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「え?ワシ、ガンなんか...?!」

「だから、例えば、の話やって!ガンでも治るんやで、最近は。」

大失敗をかましてしまった私だった。
タケやんに、もう何を話したのかも、頭が真っ白で何も覚えてなかった。


今からもう25年以上も前の話。
タケやんというのは私の叔父のことである。本名は「幸男」なのだが、
親戚中でこの人のことをそう呼ぶ人はいない。子供でさえも、である。

私は家に帰るなり、叔母に電話を掛けて謝罪した。
「そう...ええねん、時間の問題やし。言わなあかん、って思ってたし。」
そして叔母は話を続けた。

コブシ大の腫れ物がアチコチにあるのは、肝臓ガンなのらしい。
外にまでわかるぐらいのガンは珍しく、おまけにアチコチ転移していると言う。
首やアゴにあったものは、リンパ節に転移したものらしい。

「ほんまやったら、痛くていてもたってもいられへん状態やねんて。」
「そおやろなあ。」「なのに、痛い、とは言わへんで、あの人」叔母は笑う。
「生きてるのも不思議な状態やのに、だるいだけやねんて。」

「あはははは。」そう言って笑った叔母だったのだが...。
しかしそれから数週間、容態は急変し、タケやんは逝ってしまった。
まさに「好き放題。」生きた60数年であった。


葬儀が終って数週間後。
私は用事があって、タケやんの家を訪ねた。
叔母は元気そうに「ま、上がって。」と迎えてくれた。

小さな祭壇にお線香をあげ、「え?!」と思うほど男前の遺影を眺めた。
「色々とありがとう。世話をかけたね。」
「あ、いえいえ。至らんことですんません。」

それから叔母と私は、タケやんのことを少し話した。
実は以前、オヤジ達が話していたのだが...タケやんの「ギャンブルの才能」
はスゴイ、と聞いていた。私はそのことが聞いてみたかったのだ。。

「なあ、オバチャン。タケやんって、何のギャンブルが得意やったん?」
「え?ギャンブルって...?お酒は好きやったけど。」
「ほら、競馬とか競艇とか...してはったんやろ?」

叔母は少し首をかしげ、「ギャンブルが強かったかどうかは知らんけど。」
そしてこう言った。「中野浩一、っていう人が好きやて、いつも言ってたわ。」
「へ?!競輪?!」「うん、そうそう。」

私が驚いたのは、競輪が好きという人に会ったこと がないからだ。
関西では競輪は圧倒的に人気がない。
まさかタケやんが...だからこんなにも驚いたのである。

「そうそう、入院するちょっと前にな、『どっか遊びに行けへん?』って聞いたら、
『久し振りに西宮に行きたい。』って、西宮競輪に行ったんよ。」
「へ~。西宮へ?」「うん、野球場のトコ。」

タケやんは叔母を連れ、西宮球場に行ったのだそうだ。
西宮競輪は、かって「阪急ブレーブス」のホームであった球場で行われていた。
タケやんは、ふうふう言いながら、野球場の階段を登った。

二階の内野席まで、何度も休憩しながら登ると、「はあ~。」と大きく深呼吸し、
駅で買ったスポーツ紙を眺めると、叔母に数点買ってくるよう頼んだらしい。
叔母が車券を買って戻ると、タケやんは後ろに手をつき、座っていたそうだ。

「な、、気持ちええやろ。六甲山から名神(高速)、海の方まで見渡せるで。」
北に六甲山と甲山の緑が映え、東に名神高速の西宮インターチェンジ、
南側は甲子園~西宮の海岸線に乱立する酒造などの工場群が見える。

実は私も、西宮での定席は「この高さ」であった。
タケやんはこのレース以外は、「買ってこうか?」「いや、ええわ。」
そういうと後は1レースも賭けず、小一時間をじっと過ごした、というのだ。

「ああ、気持ちええな。ワシな、ほんま落ち着くねん、ここ。」
競輪の観客が大声で野次る中...タケやんはここで静かな時間を過ごした。
叔母はただ黙って、タケやんの横に座っていた、という。

「へえ、まだ走ってるんや、あの人。昔はな、強かったんやぞ。」
そうタケやんが言ったのは、あの「高原永悟」のことだったそうだ。
「ほな、帰ろか。」「もお...ええの?」「ちょっと疲れたわ。」

「それからすぐ入院したからね。最期の外出になったんやね。」と叔母。
「でさ、そのレースは当たったん?」と下世話なことを聞く私。
「西宮北口(阪急)で、ゴハン食べて帰ってん。」あははは。勝ったんや。

ふ~ん。知らんかったわ。タケやんがそんなんやったって。
一度もそんな話、したことなかったわ。
一緒に行ってみたかったな...いろんな話、聞きたかったわ。

そやけど...あかんかな?
「お前、アホちゃうか?そんな目、あるかい!」「展開も読めんのか!」
そおいうて、怒られるんかもしれんなあ。

西宮球場も今はなく、巨大なショッピングセンターがそこにある。
「ケッ!」とつばを吐きながら歩く男達の姿もそこにはなく、
きれいな街並みと「空虚な」店舗が立ち並ぶ、ウソくさい街だけがある。

私も還暦を迎え...タケやんが逝った齢に近づいた。
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