監督になった気分でプロ野球中継を観る。
演者になった気分で音楽を聴く。ギター・ソロを弾く。
街中を歩く己を劇中の人物に投影するためのBGMとして頭に流すサウンド。
二十代前半に、自称格闘技の通Tと頻繁にかよったプロレス興行はどうだったろう。Tも俺もひねた観戦者なのだが、頃合を測り興奮の衆に和することを好んだ。と記せばちょいと小賢しいか。
プロ野球もプロレスも、そして競輪にも、それぞれに独特の格闘の要素があった。かつ臍の位置がずれた俺達のアンテナにひっかかる笑いの要素もあった。
競輪観戦野球観戦においての感情移入について考える。
頭から流し、ただただその選手だけを凝視しながらの観戦は、やっぱり生に限る。
自分が五番車なり七番車なりになりきって、自分がレースを走っているように競輪を見る。
自分が四番打者なり七番打者になって、自分が投手と対峙している状況を頭に野球を見る。
そうやってプロ野球や競輪を見る人もいるのだろう。
俺はどうだろうか。
野球の場合は草野球の経験を無理矢理ふくらませてやれなくもないが、レベルがまるで追っつかないので、かえってつまらない観戦になってしまうのが落ちかもしれない。
依りて、ピストの自転車にまたがったこともない。むろん競輪という競技などまるきり経験がない俺が、《本人がレースを走っている》なる感情移入は無理というものだが、それでも昔は、自分が競輪を実際に闘っている夢を見たのだから(妙にリアルなぎりぎり逃げ切る画だったとおぼろに記憶する)、あの頃はそうとう頭が競輪にやられていたのだな、と懐かしくも誇らしく思う。
どこにも着地しそうにない文章になった。あいすいません――。
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