佐古雅俊(広島・四五期)の引退の報に触れ、私の記憶に残っていることをふたつばかり記したい。
佐古選手と直接一対一で会話したことはおそらくなかったと思う。
ただ、囲み取材で佐古の話を聞くのは好きだった。
独特のかん高い声はよく通る。外側にいても正確に聞きとれる。
むろんそれだけが理由ではない。理の立つ作戦を――義の通る競輪を――芯の強さをともなった、あの佐古のかん高い声音でもって教えてもらうのが私は好きだった。
あれはいつの特別競輪なのだろう。一日の取材がほぼ終了して、記者団がぞろぞろと検車場をあとにしているときだった。「広島の佐古選手インタビュー変更があります」と放送があったのか、係の人の大きな声だったかは忘れた。ほどなく係員に伴われた佐古があらわれ、「申し訳ないが」と断った上で、明日のコメントを変更したのだった。
もう三十数年は経っていることだろう。コメントの変更内容とかはとんと憶えていないけど、あの日の、佐古の律儀さを忘れないでいる。
ブログ
最近のブログ
- どこまで行っても~寛仁親王牌最終日観戦記 2026/10/12 23:25
- 空気なんか読むな~寛仁親王牌決勝 2026/10/12 8:06
- 漸次くずれる被虐~松阪記念決勝観戦記 2026/10/04 19:21
- 大ぐくりに、ひとかたまり~松阪記念決勝 2026/10/03 18:47
- 能の無い私は水戸黄門を頼る~岐阜記念決勝観戦記 2026/09/29 22:41


















