スタートの攻防乃至駆け引きに固唾を呑んだ。北四人の後ろに伊藤旭を漫然と希んだものの正攻法に伊藤となった。伊藤の前受けは良策には思えなかった。エンジン性能が一段上の――世界標準のスピードを持つ――寺崎浩平と中野慎詞を、見えない見にくい後方に置くこととなったのだから。
マーク屋にはしんどいハイ・ピッチだったけれども、佐藤慎太郎も三谷将太も直線では自分の横の選手を止めようと体を寄せた。二人ともたいしたものだ。
引っぱり役に徹した中野は力尽きた。捲りに回った(といっても楽に構えたそれではない)寺崎は際どい勝負に持ち込んだ。テレビ画面に映る「一着新山響平、二着寺崎浩平、三着佐藤慎太郎」の確定を見ながら、なんだ、キョウヘイ・コウヘイじゃないか、と声に出さずにつぶやいた人、声に出したひとは全国に何人くらいいるだろうか。そんなひと愚かな私だけかしら。
キョウヘイ、コウヘイ。ヘイとヘイ。〽ヘイヘイホー、ヘイヘイホー、北島三郎のヒット曲『与作』の肝とも言えるリフレーンが頭の中にひびいた。内田裕也扮するロックシンガー、ジョージがドサ回りのキャバレーで、やくざ風の酔客たちに持ち歌のバラードを野次られる。そんなのいいから与作やれ、与作を! ジョージはカラオケを入れ替え(まだハチトラの時代だ)、「与作」を歌いながら、野次集団のテーブルまでゆっくり近づき、客からいきなり水割りのコップをもぎとり顔にウイスキーをぶっかける。『嗚呼!おんなたち猥歌』の一幕の描写が「四日市記念決勝観戦記」の結びになってしまうとは書いてる本人も思わなんだ。
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