瑛人が歌う『香水』の――♪君の ド~ルチェ ア~ンド ガッバーナ~の その香水のせいだよ――を、時折口ずさむことがある。「ド~ルチェ」「ア~ンド」「ガッバーナ~」の節回しというか単語が嵌った時、出来た! と、作者は膝を打っただろうか。何かを発明した人のように――。
昔、出張先の琵琶湖の宮杯で初日に幾らか儲かり、その夕、京都まで出向き、駅ビル内にある伊勢丹でドルチェ&ガッバーナの服を買ったことがある。派手にダメージ加工されたジーンズと先が尖っている黒い革靴。そのマッチングがえらく格好良くおもえた。
ドル・ガバだぜと俺が得意げになると、“DとG”のロゴに目を近づけたAは、ドン・ガバチョでしょう? 秀逸の冗句で返した。
当時はすべての特別競輪が六日制だったから大変だった。必要最小限の着替えや日々の必需品をボストンバック一杯に詰め、朝早い飛行機や新幹線を使うため慣れない満員電車に乗るのだが、大きな荷物は気が引けるし、とにかく疲れた。
通勤ラッシュが嫌だからこの仕事を選んだのだ。たわけた「大義名分」を履きながら、じきに一日前の夕方や夜間に移動する奴が増えた。便利な宅配便の輸送サービスも普及し始め、スーツケースを宿泊先のホテル宛に送るのも当たり前になったが、Bだけは真逆で、小ぶりの鞄ひとつで上着とジーパンは一週間着た切り雀だった。本人は満更でもない自由人気取りなのだが、あれはどこの出張だったろう。昼食か夕食か夜食か失念したが、カレーうどんをおもいっきり自慢のジーパンにぶちまけたのだ。台無しの「一張羅」に周りは笑いをこらえるのに必死だった。と、いうのは嘘で、大笑いとなった。
何本か買ったドル・ガバのパンク風ジーンズには一二年で飽きた。履くときによく、膝附近に空けられた穴に脚の親指を突っこんでしまい、穴が拡がりすぎ使い物にならなくなった一本は捨てた。もう着ないからやるよとCに云ったら喜んで貰ってくれた。そう記憶しているのだがほんとに渡したのか怪しくなってきた。何せ皆二十年以上前の話なのだから。
AとCはもうこの業界には居ない――。
Bは勝手に天国に旅立ってしまった――。
♪ちょうど/波のように/さよならが来ました/言葉はもう/何もいらない/ただ見送るだけ/遠く離れる者/ここに残る者/僕が決めても/かまわないなら/何も言わないけれど――は、佐野元春『グッドバイからはじめよう』の冒頭の一節である。歌は最後にこう結ばれている。♪ちょうど 波のように さよならが来ました あなたはよく こう言っていた 終わりははじまり 終わりははじまり――。
「ドン・ガバチョ」なる人名は、今どのくらいの人に通じるのだろう。
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