ある雑誌(『噂の真相』のような気がするが…)があなたの月毎のギャンブルの収支を載せたがっている。そんな意向を先輩作家(野坂昭如だったか?)から伝え聞いた伊集院静だが、受けることはなかった。疎憶えなので顛末の正確さに自信はないが、大旨には強く惹かれたものだ。
細々とした張りが綿々とつづく私の競輪の収支など晒す価値零だが、七月八月九月は無惨なものとなった。七車だては肌にあわぬと負け惜しみを吐いたりもするが、よくよく想えば、九車の競輪でプラス計上だったわけでもない。
次もか細い記憶で恐縮なのだが、――年老いたら小銭を持って競輪場に通いたい。そんなエッセイが昔、伊集院静氏にあった。拝読したのが三十代か四十代か判然としない。感化された私は、――年金を貰うようになったら、銀行で全部百円玉に崩し、握り飯と文庫本と一緒に鞄に仕舞い、競輪場に日参するのだ。と、拙い文章で綴ったりしている。
――人間は結局のところ、その人間がなりたかったものになる。これまた薄らとした記憶で定まらず、発言者の名前も失念したが、意味深い言葉であった。
私はなりたかったものになるのか。それとも、なりたかったものにも、ならないのか、もしくはなれないのか――。
十月一日の朝、――久留米の四百は直線が短め、と、おさらいする。
昔も今も予想紙には「逃げ・捲り・差し・マーク」一着二着の決まり手比率が掲載されている。競輪やりはじめの頃は、この数字を真剣に読んでバンクの傾向をわかろうとした。現在の情報技術ならば、このように大ぐくりではない、もっと詳細なデータが閲覧可能なのかもしれないが、私は見なし直線の長さと決まり手のグラフをちらり見るだけ。車券が当たらないのは、競輪にむかうアティチュードに問題ありなのかしら。
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