巨人戦を観なくても平気になったのは、プロ野球への興味が疎かになった理由ははっきりしている。競輪に病み付いたからだ。麻雀・競馬と野球観戦は両立可能だったが、競輪の味を覚わるに従い他の娯楽に時間を割く気が失せた。
昔は熱い巨人ファンだった。後楽園球場に三十試合以上通った年もある。阪神ファンと揉み合ったり、試合後グラウンドに飛び出し警備員に説諭されたこともあった。警備室に連行される途中、〈ゴールデン・グラブ室〉なる部屋の真ん前を通ったのを暫く、酒席の自慢話に使っていたこともある。テレビ中継からラジオ中継、試合開始から終了まで見届け、聞き届けなければ気が済まなかった俺が、今ではスポーツ・ニュースで充分なのだから「堕落」したものだ。
昔、明日は競輪場だと興奮して寝付けない晩が俺にもあった。前夜版の〈競輪新聞〉を求めて新宿歌舞伎町の売店まで出向くのも苦にならなかった。
二十六年前の初夏の一景を記す。俺は競輪専門紙〈黒競〉の新米だった。飯田橋駅からすぐの線路際の黒い五階建てビルが仕事場だった。今と違ってインタビュー記事も少なく、随分簡単な新聞作りだったから、午後六時前(当然ナイター開催などなかった)には「全了」だった。俺とE先輩は退社後、よく駅傍のパチンコ〈リリー〉で玉を弾いた。小一時間ほど遊んで同じビルにある喫茶店に入り軽食と珈琲がお決まりのコースだった。俺等は店内奥のボックス席を好んだが、いつ行ってもレジ脇の二人席に必ず同じ男が座っていた。綺麗に撫で付けられた頭髪、こざっぱりとした服装の初老の男が黒競の前夜版を読んでいた。駅の売店で購入し喫茶店直行が男の定番なのだろう。熱心に何色かのラッションペンで新聞に書き込みをする男の様を薄らと想い出せる。
――初心忘るべからず。などと口にすれば気恥ずかしいが、文句ばかりの俺が四半世紀この仕事を続けてこられたのは、あの競輪ファンの御蔭なのかも知れない。
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