中野浩一に執拗な野次を浴びせる男と諌ったのは小田原だったか。とくかく南関の競輪場の筈だ。俺にも純な時代があったのだと懐かしく想う。
新人時代、先輩記者がB級二班の弱い選手を「こりャ木炭だから」と嘲弄するのに俺は反感を持った。若気の至りでツマラン自論をぶったかも知れない。今思うと恥ずかしい限りだ。昔何処かの予想屋が「いくら某の逃げが強いからって、番手も三番手も弱すぎる。乳母車を連れて先行するようなもンだから――」と講釈して笑いを取っていた。
あれから四半世紀、さすがに木炭は通じないが、乳母車はたまに無様な番手選手に使ってしまう。いけ好かない皮肉屋に成り果てた五十六歳の俺の文章を、三十そこそこ時分の俺が読んで舌打ちをする。
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