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三月の競馬場

2014/03/07 20:02 閲覧数(1454)
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俺の自慢は忌野清志郎、仲井戸麗一の二人と握手したことだ。彼らはラジオの公開ライブ収録の帰りで場所は「高田馬場ビッグボックス」、俺はそのビルでバイトの警備員として働いていた。RCのアルバム「プリーズ」発売直後だったから八〇年か。二言三言交わした会話の記憶はないが、似た痩せ方をした二人の立ち姿を忘れないでいる。
Fさんとはその「ビッグボックス」で知り合った。俺は夜勤専門のバイト、Fさんは警備会社から派遣された昼夜働く正社員だったから、一緒になるのは三日に一度くらいだった。夜勤と言っても深夜の館内巡回が主だったから、眠気さえ堪えれば楽な仕事だったが、時折レストランの厨房でデカいネズミに遭遇するのは恐怖だった。Fさんが泊まりの日には必ず妙齢の着物姿の女性が現れ重箱の弁当を差し入れた。全然食欲がねえんだよ、お前食べろとFさんは必ず俺に言った。Fさんの愛読紙は「赤旗」と「スポニチ」、週末になると「勝馬」が加わった。警備室の壁には勤務表が貼ってあり、各自の時間は交差するのだが常に四人が常駐するシフトだった。隊長か副長のどちらか、Fさん、俺、N君という組み合わせが多かった。Nは俺より一つ二つ歳下の新入社員で「ビッグボックス」が最初の派遣先だった。Nは一風変わった無口な人間で、俺は控室で奴がカップ麺以外の物を喰っているのを見たことがない。一日三食カップ麺の生活には吝嗇以上の暗い事情が見え隠れしていた。Fさんは何かと俺に優しかったが、Nには冷たかった。発端は何だったか。FさんがNのロッカーを勝手に開けて山と積まれた種々雑多なカップ麺を晒すと、逆上したNが殴り掛かり騒ぎになった。俺はFさんの意外な一面を見た気がした。事件の一週間後、Fさんは千葉のビルに移動を命じられ、Nは喧嘩の翌日から無断欠勤だと隊長が教えてくれた。
一回だけFさんと競馬に行ったことがある。朝方、仮眠室の二段ベッドの下段からいきなり誘われた。まだ寒かったから二月か三月の府中競馬場だ。馬券の収支は憶えていないが一杯やった記憶もないからおけら街道だろう。今度は競輪に行ってみないか、歩きながらFさんが唐突に俺に言ったのだった。
この季節になるとFさんと訪れた競馬場を想い出す。

松山記念・三日目
〈第九競走〉叩き合いでも相川永と川村晃の「力の両立」車券を買う。三着には暫くぶりに目立ってる海老根恵で⑤⑦⑧と⑦⑤⑧。
〈第十一競走〉小野俊は離れちゃうでしょうの予想は忍びない。だからと言ってぴったり二着の車券もなア……。中庸を取って深谷知一着、小野俊三着とします。二着には「分からん」走りが魅力の牛山貴で⑦①②。

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