カー・ナビゲーションの指令に「逆らうこと」三回、三十分近い「寄り道」をしながら松戸競輪場の第三駐車場に着いたのは、第六レースが発走したかしないかの時刻だった。すこし歩いて正門、長方形の大机の上に記入用紙と筆記具(マーク・カード専用のあの鉛筆だ!)が用意され、俺は人生で初めて、ギャンブル場で遊ぶために自分の名前・住所・電話番号を書くという経験をしたのだった。
何ヶ月ぶりかの競輪場だ。からだを慣らすように場内をゆっくり歩いてみる。競輪客にマスクが似合うのか、マスクをしようがしまいが競輪客は競輪客なのか。馬鹿な考えが浮かんでは消える。と、見おぼえのある顔がいきなり目にはいった。(おおっ、Oじゃないか!)声を出すのをおさえて俺はOの名前をちいさく呼んだ。
しばらく立ち話をした。Oには会社の上司同僚とおぼしき同行者が二人一緒だった。大丈夫なのかと気遣うそぶりをしながらも十分近く、俺はOを離さなかった。一分弱お飾りで競輪の話をして、あとはトランプ(米国大統領)の話、キリスト教の話……。奴のレスポンスは相変わらず速く、俺はお喋りを楽しんだ。
松戸競輪に福、来たる――。このあと車券を幾らかやられたとしても、まったくの偶然にOと逢えたのだから、もう「プラス計上」は確定したようなものだ。
俺の松戸の「指定席」である第二センターの客席は閉められていたから、正面スタンドの二階席と発走機附近を行ったり来たりしながら観戦した。
断然の盛り上がりは第七競走の深谷知広だった。勝ち方(ぶっちりぎりの独走)が派手だったことも相俟って、声援が半端じゃなかった。松戸はゴールしたあとバンクを二周流してから敢闘門に引きあげる。ゴール前の客たちの声援に応え、律儀に二回以上披露したガッツポーズは、見得を切る千両役者だった。
最終の第九競走。正面の二階席付近から「お~い千葉のカッペ、逃げろよ!」と声が飛び、金網附近の誰かが「カッペはお前だろう」と返した。俺の前の男が同調するようなそぶりをした(ように見えた)。坂井洋-平原康多が先頭に立ち、離れて六番車の花田将司(野次られた千葉の選手だ)が追うかたちになった時、前の男が何かを呟き、俺もやや前傾姿勢になった。が、すぐに花田は後続に飲まれズルズル下がってゆき、◎○から薄目の六番なる車券を買っていた俺はガクッと脱力した。男は何を買っていたのだろう。
けっこう負けちゃったなァ……。前言を忘れ肩を落とせばOに失礼である。
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