三十過ぎまで東京都下に住んでいた。最寄りの競輪場といえば立川、京王閣、西武園だった。あたりまえだが今では三場とも様変わりしている。西武園など五百バンクから四百バンクにかわりむかしの面影はない。京王閣も立川も向正面に立派なスタンドが建った。しかし当時のたたずまいそのままの場所も残っている。たとえば立川の二センターの景色だ。金網の色、スレートの屋根に郷愁をおぼえる。〽ここは前に来た道、川沿いの道、雲の切れ目からのぞいた、見覚えのある街――細野晴臣の「恋は桃色」のさびの部分を聞くとき、あるいは自分でつたない歌唱をするとき、私の脳裏に過去のいろんな景がおもいおこる。立川の二センターは幾度となくあらわれる常連の景である。
年の初めは立川記念から。鬼籍にはいられた諸先輩方々も雲の上から観戦していたことだろう。タケ、惜しかったな、と気づかいの声をかけてくださることだろう。そしてすっと姿を消したとおもったら、ちゃっかり払い戻しの列に並でいることだろう。
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