時々気まぐれに散歩に出る。ゆるゆる歩きながら、気まぐれに角を曲がったり、知らない小径を入ったらゆきどまりだったり、数日前には以前行ったことがある料理屋が廃屋と化しているのに出くわした。二十数年まえに一度おとずれただけだから、閉業に至ったとておかしくもないが、生い茂る雑草と朽ちた廃屋はもの寂しく、一寸先の電信柱に「〇〇〇駐車場→」の案内版がそのままになっているのも哀れを誘った。当時の私にとっては高級店だったから、一度だけの食事は財布の底(浅い底だけど)をはたかせた。品書きも値段も憶えていないが、贅沢をした理由は忘れていない。当時熱中していた草(朝)野球で「打撃賞」なぞ獲っちゃったものだから、舞い上がり家族を誘ったのだった。当時は競輪をしのぐいきおいで、毎日せっせとバッティングセンターにかよった。あの頃は試合で幾度も盗塁を決めていた。今となっては信じられない。夢の中での出来事だったのではと自分で自分を疑ったりする。
二十代後半から三十代前半。まずは食うことだが、次に競輪という人生だった。その後ももちろん、第一は食うことだが、淫しやすく飽きっぽい私だから、いろんな遊びに手を出し、競輪が二の次の座をゆずることもあった。が、しかし。競輪が四番手まで落ちることはなかった。食うことの次か次の次には競輪が座していた。いっときは二の次まできた野球も、今ではひからびたグローブとともに圏外である。
ずっと好きでいることは存外にむずかしい。
ゆえに競輪はやはり特別なのだと愛しく想う。
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