坂口安吾に競輪のエッセイがあることを教えてくれたのはバイト先の先輩だった。『今日われ競輪す』『光を覆うものなし――競輪不正事件――』は八王子の図書館で全集を借りて読んだ。厚手の表紙は灰色だったか濃い青だったか。
競輪草創期のレポートであり告発記事だから二十二三歳の私には正直ピンとこなかったが、多忙な日常を切り詰めやっと競輪場行きが叶ったという筆致が格好良く、「今日われ競輪す」の題名に惹かれた。
「……よってジャンパーにりりしく身をかためて出陣に及んだのが東海道某市に於ける競輪であった。私は背広も外套も持たず、冬の外出着といえばこのジャンパーが一着であるが、あたかも競輪へ微行のために、百着の服の中から一着選んで身につけたように、競輪のボスか大穴の専門家かと見まごう豪華なイデタチであったそうだ。(と人が思ったのではなく、拙者が思った)……」の場面も秀逸だ。今も昔も競輪客の「正装」は中間色のジャンパーである(もう、そうでもないか?)。
私は「今日も、われ競輪す」――であるが、ジャンパーは必要なく、自宅のテレビとパソコンを使い、時折居眠りなど雑えながらの怠惰な競輪となりそうだ。やはり電車に揺られ、車を転がして現場で打たねば、「今日われ競輪す」のエッセンスは味わえないが、ま、仕方ない。厄介なこのご時世だから――。
「……人は正しく墜ちる道を墜ちきることが必要なのだ。そして人の如くに日本も亦墜ちることが必要であろう。墜ちる道を墜ちきることによって、自分自身を発見し、救わなければならない。政治による救いなどは上皮だけの愚にもつかない物である。」と安吾は『堕落論』の巻末を結んでいる。。
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