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競輪の園

2024/12/23 11:41 閲覧数(32)
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 先晩、「グランプリ座談会」の名目を冠した密会が都内某所でひらかれた。
 といっても、時間を示し合わせたように何台かの黒塗りの高級車が順番に老舗料理屋の門にじかづけされ、後部座席から大物政治家がいわくありげな顔つきで降り、ひそやかに店に這入る、そんな密会とはほど遠い、大衆酒場に三々五々あつまり喋るだけしゃべって三三五五帰路につくただの忘年会なのだから、密会とは言いがたいのだけど、密会のひびきに惹かれる男たち――業界のひとりディープステートと筆者がひそかに思っているO。ためつすがめつ見れば見るほど老獪政治家風体のKはピスト自転車にやたら詳しい。最年長だというだけの私。先日運転中に、車道にはみ出た酔いつぶれの男に気づき、車を停め、降り、ぐにゃぐにゃの泥酔者を歩道に運ぶ途中でぎっくり腰になったあいかわらずついていないS(轢かなかったのだからついている、という考え方もあるが)。銀髪鬼ブラッシーなみの銀髪であらわれたロックンローラーG。補充選手の競走点数がノーカウントだった時代の競輪の元祖二段駆けで一財産つくったM。仲間うち一番のまとめ役・幹事役のT。Tが労を惜しまず動いてくれるおかげで俺達はこうやって馬鹿騒ぎをすることができる(会の後半にはTの奥方まで参加してくれた)。書家にして万物の分析家H。彼の古性優作に関する「論文」には瞠目させられた。――が八人がけのテーブルをうめた。
 酒がはいった八人(内一人は飲まないけど)が喋り始めたら騒音とおなじだ。八人がひとつの話題を論じ合うことなど土台無理な話で、あっちで音楽の話、こっちでは病気の話、むこうは老親に関して、たまに競輪の話、競艇の話がはさまり、切れ切れにグランプリの話も聞こえたりするが迎合するやつなどおらず、二対二対二対二のこまぎれがしばらくつづいた。やがて鼎談がうまれ四人の会話もはじまるが、ふたたび四分戦に戻ったり、あげくは単騎でぶつぶつ言ってるような態まであらわれ超の付くこまぎれになることもあった。
 それでも八人一体となり激論? を闘わせた場面もあった。
 神山(雄一郎)の話からか吉岡(稔真)の話からか忘れたが、先行の吉岡が捲る神山を自ら止め一着失格になった競輪祭の話題になった。二着入線の加倉(正義)がくりあがり優勝したやつだ。誰かがいきなり言った。あのとき三着から繰りあがったのって誰だったっけ? ライン三人ではいって一着失格なんだからズブズブの目だよな、と他の誰が言い、九州のマーク屋? と私が言った。各々がちょっとだけ真顔になって考え出した。各自からぽんぽん名前が発せられる。Oが調べることになった。しかし正解は明かすな。厳命したのは私だ。ああー、正答を得たOがにやりとした顔つきで膝をたたいた。すかさず九州のマーク屋はあってますと放った。また懐かしい選手名があちこちから発せられたがどれも違うと言う。七人の回答者は弱気になりヒントを要求した。第一ヒントは熊本の選手。第二ヒントは名前のイニシャルの上はOと教えられた。緒方浩一! それはさっき違うと言ったでしょう! 大竹慎吾! 大竹は大分。畑尾和人! ふざけないで真面目にやってください! みんな頭のなかに薄ぼんやりとした画――あの日の吉岡-加倉の後ろ――当時の大レースの決勝に乗るような熊本籍のマーク屋――があるような、ないような。
「わかったァ、オオサト・イッショウ!」重たい空気と沈黙を打破したのはGだった。正解は大里一将(熊本・六〇期)、もちろん「オオサト・カズマサ」が正しい読み方なのだけど、当時の業界風に姓名の下を音読したGが好もしかった。
 目先の競輪より過去の競輪に興じる。我らが「競輪の園」の真骨頂である。
 何時間その居酒屋に長居したのだろう。師走のかき入れ時だろうに好まれざる客になってしまった。


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