――コロナ・ウィルスを必要以上におそれてはいけない。と、賢しらげに言うわたしだが、どこにゆくにも電車をさけ車を運転するようになった。道程はほとんどカーナビまかせだから迷うことはないが、知らないあいだに昔とおった懐かしい景色に出くわす。
「妻恋坂」の交差点、上野動物公園の裏手の道、水道橋にある柔剣道専門の店……。ひとの記憶とはまことにふしぎなもので、何十年おもいだしたことなどない情景がとつぜん、へんてつもない看板や信号や交番を介してフラッシュバック、おもいでにやられ、お腹のあたりをぎゅっとつままれたようになる。こういうやっかいなピンチを、なんとかやりすごすには、競輪のことを考えるのがいちばんだ。
――明日から伊東で特別競輪だから。と、わたしはわたしに言いきかせる。
若いときは、とんなに心配ごとがあっても、ひとたび競輪場にはいってしまえば気分が落ちついた。くよくよした憂いをとりあえず半日のばしにできた。還暦をすぎてもわたしはときどき、精神安定剤に似た効能を競輪にもとめる。そこかしこで競輪に悪態をつくわたしだが、競輪にたすけられているのを重々承知しており、競輪に足を向けては寝られない種類の人間なのだ。
コンビニの駐車場でひと休憩していたら、カー・ステレオからミッシェル・ポルナレフの『愛の願い(Love Me Please Love Me)』が流れた。そっくりファルセットを再現するのが自慢だった某はどこでどうしているのだろう。おもわず曲にあわせ口ずんだわたしだが、弱々しい爺さんのしわがれごえが車内にただよい、みじめになり、またまた不安な気もちがおこり、いやな汗がでた。
しようがない――。
明日の伊東競輪の番組を携帯電話で見ることにしよう――。
「プリーズ・ヘルプ・ミー。」――いくつになっても競輪にはあたまがあがらない男がひとり、軽自動車の運転席で深呼吸をくりかえす。
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