各線の思惑というか《やりたいこと》は割と解りやすい、と記せば語弊はあるけど、決して《複雑系》ではない。
郡司浩平-佐藤慎太郎-守澤太志は、自力-追込-追込と云う、ある意味で競輪の正統的な並びである。郡司はふだんの競輪をやるだけ、佐藤も守澤も踏める距離は限られるわけだから、郡司を盛り立て・郡司に頑張ってもらう、なによりそれが《先決》だ。
清水裕友-松浦悠士は、自在-自在、更に云えば、超一流の自在《直列》の連携だ。過去の両者のコンビ戦を鑑みるに、二車の制約など消し飛ぶような、二段駆けから捌き迄、多彩な作戦を想像出来るが、ただ一つ云える事は、二人の競輪は大半が番手を有利に導くそれで、特に大舞台に於いてはその事が顕著になる。
吉田拓矢-宿口陽一-平原康多をどう括ろう。各々の現況の闘い方から察すれば「自在-自在-自在」でもいいのだろうが、この一戦に限っては「先行-自在-自在」にも「先行-先行-自在」とも化す陣備えである。二段駆け三段駆け、吉田が駄目なら宿口と、しゃにむに二段構え三段構え!
…………前項迄(序章~二章)の再録です。…………
(序章)過去三年は脇本雄太という先行の太い柱が居た。依りて別線は作戦の幅を狭められることになる。内心では後ろを引っ張る気がある、実際数々の舞台で《それ》を実戦してきた選手達――例えば松浦悠士と清水裕友の中国連携――にしても、脇本をぶっ叩くという選択肢は取り辛く、又やろうとしても至難であった。仮に、無理矢理にもがき合いまで持って行けたとしても、もう一人、捲りの太い柱である新田祐大が手ぐすね引いて待ち構えている。過去三度のグランプリで脇本にスピードで抗する競輪が出来たのは新田だけである(一昨年、正攻法から脇本のカマシに飛び付き番手を捌いた)。今年は脇本も新田も居ないグランプリであるから、まずもって《意志》さえあれば、各々やりたい競輪をやれる可能性は格段に上がった。と云えるのではなかろうか。単騎の古性優作は一先ず措くとしても、関東トリオの《理想》、中国コンビの《希望》、郡司ラインの《渇望》をどう考えるかが肝要である。
(一章)――唄は世につれ世は唄につれ、じゃないけれど、――世相が荒れれば相場も荒れる、公営ギャンブルも然りだ。と誰が書いたか喋ったか。昨年今年のコロナ禍もさることながら、そればかりじゃないきな臭さが世界中に漂っている。だから一昨年は佐藤慎太郎、昨年は和田健太郎と《伏兵中の伏兵》の優勝だったなどと云う気は毛頭ない。が、競輪に限らずとも、彼方此方ずうっと《荒場》心地は否めなかろう。ああ、住之江の競艇グランプリの四艇落水(三連単は不成立)なんてのもあった。因みに一つ前のレースでも二艇が落水の憂き目に遭っている。――世相が荒れればグランプリも荒れる。佐藤慎太郎、和田健太郎と来たら今度は守澤太志か知ら――? 大一番を控える身でも広島記念競輪を平然と走った。と、落車して、骨折の怪我を負った。苦況からの出場、且つ郡司浩平-佐藤慎太郎の後ろ、何一つ《買い》の材料なぞ探せないけど、荒場に徒手、ふと惹かれたが、いやいや、頸を左右にちいさく振って、己を窘めた。
(二章)大まかな展開の絵柄は関東勢のブン回しだから、古性優作は道中平原康多の後ろ、と想定するのが自然だけど《一概》ではあり得ない。関東と中国の初手の位置を勘案することも大事だ。郡司浩平ラインが前受けなら黙ってそこ(平原の後ろ)だろうけど、郡司以外の選手の前受けだと、《吉田拓矢-宿口陽一-平原-古性》と《清水裕友-松浦悠士-郡司-佐藤慎太郎-守澤太志》、ちょっと嫌な《疑似二分戦》が道中に限って出来てしまう。ま、感性で動くと云うか、始まったら野獣のごとき攻めの古性だから、刻む様な読みは通じない。ただ、どうなったら古性の優勝があるのだろう? むろん平原の二着には古性はある意味読み筋だろうけど……。ああ、清水ドッカーンで松浦の画でも古性の二着は必要になるのか。古性は小生贔屓のファイターだ。が、凄まじいスピードの中を縦横無尽、という脚力の持ち主ではないと思う。
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