長嶋茂雄が巨人軍に入団したのは一九五八年だった。東京タワー完成の年であり売春防止法が施行された年であり、私が生まれた年でもあった。
十六年後の一九七四年、私は、高校の授業を抜け出し後楽園球場に行き「我が巨人軍は永久に不滅です」を目撃することになる。興奮さめやらず帰宅すると、担任の先生から電話があったと呆れ顔の母親から小言をいただいた。野球ファンの父親は笑っていた。父は根っからのアンチ巨人だったが、長嶋のことは好いていた。
長嶋茂雄が逝ってしまった六月三日は〈取手記念〉決勝の日で、私は奇しくも三番――ミスターの永久欠番だ――の成田和也から買っていた。結果の裏目は、私が掲げる半旗となった。合掌。
この数日、仕事で、私の大好きな長嶋のことば「勝つ、勝つ、勝つ」を幾度か使わせてもらった。本日の岐阜FⅡアオケイ一面の見出しは「勝つ勝つ勝つ谷内健」だ。
私の母は一九三六年の生まれで、年齢の話になると長嶋と同じ歳だが口癖だった。もう長嶋のことが分からなくなっているけど、長嶋より長生きしてくれている。
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