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ショルダーバッグの予想紙~佐世保記念競輪後記

2022/07/26 21:22 閲覧数(565)
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 早朝に郡司浩平の欠場を知ったけど、前発表どおりの車券――和田健太郎と井上昌己の表裏を――そのまま買った。正直に申せば、和田の頭二割、井上の頭八割と濃淡をつけた。郡司あっての和田だもの、頭はきびしかろう。ただこれで(郡司の欠場により)井上から和田の二車単はすこしだけ理の立つ車券になった、と、愚者は考えた。
 お昼ごろに走った五レースの敗者戦、久島尚樹(宮崎)-那須久幸(福岡)が上昇すると、その三四番手をめぐり、内側に照井拓也(青森)-櫻井正孝(宮城)、外側が河村雅章(東京)-中川貴徳(栃木)で競った。ここしかない、という感じで四人とも烈しくあたりあった。テレビの音は切っているのだが、「がちん」「ごつん」と音が聞こえるようでおれは、あぁ面白かった、と、ひとりごちた。ふと、決勝も九州の後ろは競りになるのかしら? だけど記念の決勝で四番手を競るのもねぇ……ばくぜんと思ったりした。『ah-面白かった』、吉田拓郎の新譜のアルバム・タイトルがえらく気にいっていて、最近つい使ってしまう。
 決勝。道中は九州トリオの後ろを内守澤太志、外和田健太郎で併走していたが、ワダケンが外を嫌い一旦切って、もういちど九州トリオの後ろにおさまった。守澤は根負けしたか五番手に落ちついたが、このあきらめた一車分が地元の井上昌己にわざわいするのだから競輪はわからない。
 伊藤信のカマシを察知した守澤が先に踏みあげると、併せるように山田庸平が番手捲りを打った。守澤の刹那の判断は「追いあげ」井上昌己を締め込んだ。
 初手のプランは井上の後ろであっただろう守澤が、郡司の欠場により目標を失った和田におなじ位置を主張され、競るのもばかばかしいと井上の後ろの後ろになった。五番手じゃ仕かけるしかない。その守澤の捲りが結局は井上のところに降りてくることになるのだから、やっぱり競輪は生きものだなぁとつくづく思う。。
 一段落ついて部屋で『ah-面白かった』を聴いている。冒頭曲の「ショルダーバッグの秘密」の前奏に流れるギター・リフが――王道のロックンロール!――たまらなくいい。
 ♪ショルダーバッグに腕通し、いつもの街を歩いてる――。♪ショルダーバッグにしまった過去は 今日も踊ってる――。
 若い自分は男は手ぶらがかっこいいと思っていた。鞄を外出の必需品とするようになったのは何歳くらいからだろう。
 京王閣競輪場で時折見かける男はいつも布製のショルダーバッグを肩からかけていた。かなり年季の入った代物だった。食堂で男の近くのテーブルにすわったとき、男は鞄の中から予想紙と大学ノートと赤鉛筆をとりだした。そのとき鞄のなかがちらと見えたのだが、おそらく過去の予想紙だろう、数十枚ほどが几帳面に束ねられていた。おれはなぜだかどきまぎしてしまい視線をそっとずらした。今から四十年近く前の話だ。
 その数年後、真似したわけではないが、おれもショルダーバッグを携帯するようになった。鞄のなかの常備品は予想紙とメモ帳とボールペンだった。
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