何年ごろかも、季節も、場所も思いだせない。
控え室のテレビに映る先程おわった競輪のVTRを見ながら「ああっ」と驚呼し声を放った女性の名前もまるで記憶にない。女性は照れ笑いの表情をうかべながら、「また、ああって出ちゃった」と言った。たしかに女性は本番観戦中にも落車の瞬間に驚呼していた。競輪の落車は何度見ても――わかっていても――びっくりして声が出てしまう、と、わたしに言ったのか部屋の誰かに言ったのだったか。すかさずわたしは返した。「うん、それはわかるけど競輪だから、競輪の落車だからじゃないと思うよ。自転車で転ぶこわさはけっこうなひとが経験している。というか認識している、だから道で子供が自転車でころんでも、もちろん大人でも、落車を目撃すればたいていは『ああっ』となる。でも歩いていて、自転車が転ぶ場面に出くわすなんてそうそうあるもんじゃない。その証拠にと言ったらなんだけど、競輪を知らない人に競輪を見せ、そりゃスピードすごいとかいう感想を口にもするけど、一番おどろくのは、吃驚するのは落車だもの。いわば体験済み、もしくは理解できる恐怖なわけだ」と。嫌なやつこのうえないわたしに、女性は???だったろうが、ひとの目を見てしゃべるのが苦手なわたしだから、彼女の表情はおそらく見ていないのではなかろうか。
競輪には落車も失格もあるでしょう。と反論した昔の先輩を想いだした。とんでもない穴を茶化されて返された言葉ではない。仕事で自身がつけた予想紙の印を同輩に「いくらなんでもこの本命は……」(たしかに首をかしげるような◎〇だったと記憶する)と批判され、前述の台詞が投げ返されたわけだ。
競輪には落車も失格もある――。けだし明言である。
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