片腕の〈地見屋〉を初めて見たのは京王閣だったか。ブツブツ呟きながら捨てられた車券を拾って歩く乞食風体の男は、二十五歳の俺には薄気味悪かった。片腕の地見屋は立川にも西武園にも現れた。川崎や花月園で遭遇する頃には俺も慣れてしまったが、旅打ち先の一宮の場内を歩いているのを見かけたときは驚いた。そして嬉しくもあった。弥彦にもいたし小倉の競輪祭でも遇った。地見屋は世を忍ぶ仮の姿。奴は金満家なのだ。は、予想屋の与太話だったか。
昔の西武園の特別観覧席は入場料が五百円だった。穴場附近に陣取るノミ屋がしつこかったので俺はたまにしか入らなかったが、入るといつもおなじ席に水戸黄門の旅装束そのままの好々爺が座っていた。ノミ屋からもコーチ屋からも一目置かれているらしく、悠然と車券を買っていた。
立川競輪場で兄貴の知り合いに車券を教えてもらったよと、弟が電話をしてきたのは俺がこの仕事に就いて二年目の春だ。アンちゃん元気か? と声をかけられすっかり信じてしまったらしい。最初のレースが二点で当たって二万ちょっとになった。次も自信があると説得されそのまま全額つっこんで溶けた。お前、それコーチ屋に捕まっただけだよ。と俺は笑いをこらえて弟に言った。
肩にカラスを載せている顔が真っ黒の大男。毎競走、払い戻しが確定するたびにヨシとった!と大声を出す坊主頭の主戦場は立川・京王閣だったと記憶する。京王閣の一コーナー付近の食堂で目撃したのは「ライス」だけを注文するペラペラのコートを纏った男だ。ふた切れの沢庵が載せられた丼一杯の白米がテーブルに届くと、男はポケットから生卵を取り出し、器用に割って御飯にかけた。醤油を垂らし混ぜるとおそろしい速さで掻きこむのだった。
真夏の京王閣の陽影のベンチに寝そべり文庫本を読む長髪のヒッピー風は俺に近い年齢に見えた。涼風が流れるその場所を通ってバック側に出ると、八月の太陽が眩しかった。
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