もう40年前の正月休みの話だ。

沼津でサラリーマンをしていた俺（当時32歳）に、東京の実家の親父（当時65歳）から

「おい静岡競輪に行こう」

と誘いの電話がきた。

当時。親父は、幼な馴染みの友人が社長をしている中小企業のお抱え顧問税理士をしていたが、本業は競輪創世記からのベテラン車券師。狙い目の選手を追って全国アチコチの競輪場へ遠征していた。

その正月休みの時も

「明日の静岡競輪の1Rに狙い目が有るので勝負するからお前も一緒に行かないか？」

との誘いだった。

俺もギャンブル競輪の魅力にのめり込み始めた頃で、喜んでお供することにした。

当日。沼津の我が家に前泊した親父と俺は、朝早くから静岡競輪場へ向かい、開門前にはもう到着していた。

当時。今と違って競輪場の中でのアルコール類の販売は禁止されていた。
普段、博打場でアルコールなど決して飲まない親父が「正月だから特別だ」と近くの酒屋で缶ビールを買ってきて、開門と同時に競輪場の中の食堂で俺と親父は一杯やりながら腹ごしらえを済ませた。

さあ、いよいよ勝負の1R。狙いは6枠の人気薄の選手の一発捲り・頭からの大穴万車券。

車券を買って、親父と二人、ゴール前のレースの良く見える通路の手摺にもたれて陣取った。当時は何処の競輪場もそうだったが、その日の静岡競輪場も朝一だというのに正月休みということもあり、結構な客の入りだ。

さあレースが始まった。
親父も俺も勝負をかけた選手の動向に注目しながらレースをジッと見つめる。

淡々と周回を重ねて、いよいよ廻って打鐘の赤板。レースが動き出した。

さあ鐘が鳴った。レースは二つのラインが縺れて混戦模様。狙った選手は最後方。ジッと脚をためている。

そして最終バック。

最後方から狙った選手の大捲り一発が見事に決まった‼️

「やったぞ‼️」と親父と俺。万歳‼️

⭐大穴万車券的中🎯⭐

と。その時だ、親父が。

「あっ、しまった。やられた～‼️」と叫ぶ。

え？やられた？何だ？何だ？何だ？

「しまった‼️すられた。スリだ‼️」と親父が言った。

昔堅気の親父は財布を持たず、いつも万札の束をズボンのポケットに入れていた。その時も50万ほどポケットに入れて持っていた。

大穴万車券的中の喜びも束の間。

レースの動向に夢中になっているところを、プロのスリに狙われ、その50万の札束をゴッソリ全部すられたのだ。

俺も親父も、あわてて周囲を見渡したが、当のスリの姿は既に無い。

後から考えてみると、おそらく二人で食堂で賑やかに一杯やって、親父がポケットから支払いに札束を出すのを見られ「ほろ酔い気分のコイツはいい鴨だぜ」と既にその時点でプロのスリに目を付けられていたと推測される。

やはり博打場でのアルコールが仇となったということだ。

狙った1Rの大穴車券が的中して80万ほど儲かったからいいが。

もし外れていたら、東京からわざわざ勝負に出向いてきた親父は、静岡競輪場の朝の1Rで種銭ゼロになるところだった。

運がいいのか？悪いのか？全くとんでもないアクシデントだ。

40年前の正月休みの、静岡競輪場でのコノ出来事。

今となっては亡き親父と一緒に競輪をしてきた時代の色々な場面のひと駒である。

正月になると時々思い出す、ほろ苦い思い出である。

まだまだ親父との競輪エピソードはありますが、それはまた次の機会に。

今回は「冬の思い出」というテーマでお話ししました。（完）