まだ国鉄の時代の中央線だったと記憶するが、都内の私鉄か地下鉄であった可能性もある。発車間際に強引に飛び乗った客のせいで一回二回三回と扉が開閉され、やっと電車が出たあと車掌の忠告というより叱声が車内放送で流された。怒気満々の男性の声音は現在のJRでは天然記念物のようなものか。
今ではおなじ状況でも車内放送はやさしい。限りなく抑制されている。(あぶねえだろうが、次の電車待ちやがれ――! そんなぶちぎれの場面が全国皆無というわけでもないか?)
いろんなものが昔よりやさしくなった。
高二の夏休み、武蔵境駅近くの雀球屋で補導された。私服の男性二人は物腰やわらかだったが、こっちはガキだから勝手にブルっていた(補導員は教師だったのかなあ――)。
新宿地下街、二十代の俺はガリガリの痩身で長髪だったからよく職質された。鞄の底から錠剤を見つけた警察官は只のアスピリンと知り残念そうな顔をした。三十代、四十代と回数は減っていったが、頭髪メッシュで服装もまともじゃない俺はやっぱり時たま職質の対象になった。加齢とともに此方がまるくなったからかもしれないが、二十代の時に遭った警察官のほうが数段怖かった気がする。
昔の競輪場はそこかしこに飲み屋コーチ屋で払戻を受けるのも気が抜けなかったし、周りの大人たちも気やすいという感じではなかった。そんな怖い場所であった競輪場で見る競輪もまた、今よりいい意味でこわかった印象を持つが、筋立てて証明する術はない。
悪漢の居なくなった競輪場のどこが悪い――と振られれば返すことばなどないものの、皆やさしくなってしまったのが、ちょっとだけおもしろくない――。
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