当たり前にあった九車の競輪がほぼなくなり、七月八月九月で数回しか観られない九車立競輪の内の一つ「サマーナイト」の開幕に、“九車立だよ、おっかさん――!”と、はしゃぐ気分が起こる。
七車立では位置取りの「緩さ」が目立たず強く見えた選手が、ごまかしの効かない九車でころころ負けるのにうんうんと肯き、やっぱり競輪は九車だろうと呟きながらも、減るばかりの「投票残高」に、しかし九車はむずかしいと困り顔の私である。
敢闘門の手前で待機する入場間近の九人が映される。選手達のほとんどはゴーグルを着用しているから、只でさえ現場から遠のいている私には選手の名前と顔がなかなか一致しないのだが、それでも幾人か、背丈や顔の輪郭等で、おっこれはAだな、隣は絶対B……と判る瞬間に負け分がちょっとだけ「補塡」される――わきゃァないか。
私の朧な記憶でも視認できた松谷秀幸、松坂洋平とも(奇しくも七番車・神奈川籍だ)い~いブロックだった。
はじめて平競輪場に遠征したのは三十手前の頃だ。もう想い出すのもむずかしくなったが、駐車場に車を入れてから開門まで時間があったのだったか、競輪場の周りを友人のOとうろうろ歩いたような記憶が微かにある。
卓上のスピーカーから斉藤和義の新曲が流れている。
♪風のふくまま/気の向くまんま/歩いていたら/遠くまで来てた/足跡なんて/どうでもいいさ/なんにも知らない事ばかり/まだこの世は楽しい……………次を曲がろうか/まっすぐ行こか/路地裏の猫/屋根に飛び乗った/今に見てろよ/いくつになっても/なんにも知らない事ばかり/まだこの世は楽しい/何が起きるかわからない/まだこの世は楽しい――(斉藤和義作詞作曲の『純風』より)。
昔のギャンブル場の混雑は半端じゃなかったから、最終がはねた後のギュウギュウ詰めの電車やバスを避け、知らない道を一駅分二駅分と平気で歩いた。平和島競艇で最終レースまで財布がもたず、午後三時ぐらいに出、傍の公園で少し休み、それから暇つぶしにウロウロしたのはいいが、まるでわからない場所に迷い込んでしまい、腹は減るは情けないやら。あの日の夕の妙なる困憊気分が不思議とまだ、軀のどこかに薄埃のよう積もっている。
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