男は俺の前の席に座り珈琲を注文した。野球帽を被り、薄い色目のサングラスをかけた七十年配のオールド・タイマーだった。席を立ち新聞ラックから一紙を取り抜き戻り、一面を見るなり男は云った。西武はほんと強いなァ――と感心しきりに。独り言のつもりだろうがはっきりと聞こえた。俺の同僚は西武ライオンズ命の息子をもつが、その青年が居あわせたらさぞかし喜んだことだろう。
川口オートまで歩いても二十分ぐらいの場所にある喫茶店だ。時々楽しそうにオートレース談議に花を咲かせる二人組に出くわすこともある。俺の競艇オートの師匠である某君は、川口オートで勝負の日はここで腹ごしらえをしてから現場へ向かうという。奴のことだから何を頼んでもライス大盛だろうな。
三十数年前の西武園競輪開催日の国分寺の喫茶店には競輪客がぽつぽつとおり、滝澤は負けないとか、どうせ井上がまた差しちゃうンだろう――などと喋っているのは自然な光景だった。
西武線高田馬場駅構内にあるスターバックスのカウンター席で初老の男が熱心に競輪新聞に何か記していた。十年近く前の記憶だが、もうすでに周囲からすれば珍奇な風景だったかも知れない。男が使用していた筆記具はまだ赤鉛筆だったか、それともサインペンだったか、それが問題だ――。
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