梅雨真っ只中の四国地方。予報ではあと一週間ぐらいで明けそうとは言っていましたが、こればかりは不透明ですね。でも今年の梅雨は湿度が割と低く気温もそんなに高くないように感じられます。季節を告げるセミの鳴き声もこれからは賑やかになる事でしょうか?
さて、今回は僕個人の実況放送を始めた理由を述べて見たいと思います。早いもので「綾小路きみまろさん」の名文句でも有る「あれから40年」以上が経過してしまいました。若い頃に職歴は民間で二度程経験しましたが、どうしても小さい頃からのあこがれでも有る「声の仕事」でご飯を食べたいと考えておりました。その一番なりたかったのは只今場所中の「大相撲」の呼び出しに憧れていました。年配の方ならご存知かも知れませんが「勘吉さん」と言う人の音質に憧れていましたが、さすがに15歳の若者には将来の事など分かるハズが有りません。結局は高校進学と言う形になり会社務めを選択して大阪に3年間勤務しました。その時に出会ったのが「競輪のレース」で、岸和田や奈良に今は廃止になった西宮、甲子園が会社から比較的近かったために良く行きました。その時に聞いた実況放送の軽やかな声が忘れられませんでした。でもその方がどんな人物なのか分かりませんでした。そして高知に帰ってからも別の職業に付いていましたが、趣味で競輪場通いは続けていました。その時に不思議に思ったのは「高知競輪場」には実況放送が有りませんでした。いわゆる無声です。何で放送が無いのか疑問に感じて思わず競輪場に連絡を取りましたら、たまたま市の担当者がいまして応対されて「興味が有るなら一度顔を出して下さい」と言われて行ったのが初めてです。そして開催中の日に行った所で僕の人生を変える人に出会ったからです。その人は僕の憧れの放送をしている方でした。でも高知での仕事はゴールのスリット写真を撮影する作業で来ていたことが後で分かった事ですが、その会社が近畿地区のほとんどの競輪場で実況放送をしていたからです。その憧れの人にそこそこ厳しく仕込まれて現在まで続いています。当時は多分最年少だったんですが、今は最年長となりました。最近は各地で「ミッドナイト」のレースが増えてきました。ご存知の方も多くいると思いますが、この5月からはミッドナイトに限り僕の弟子でも有る「和田ねんこう」君に実況をお願いしております。彼も早いもので実況歴20年が過ぎました。現在広島や防府での仕事がメインですので、開催が競合すると来れませんが、頑張って協力をしてくれていますので彼の応援もよろしくお願いいたします。
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あれから40年
2019/07/16 9:09 閲覧数(467)コメント(1)
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窓際職人
F I戦 M Nは実況を聞いてます。
私も小学校高学年の頃から喋りの仕事をしたかった男です。
20代は式場の進行をしてました。今では声を聞いたらこの人は何処の競輪場の実況アナウンサー
かわかります!
各地アナウンサー何時も感心して
ます。あれだけ選手のデータを
周回中に喋っている事に!
じゅんじさんの漢字が思い出せず
すみません。
事をしたかった