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京王閣ダービー振り返り

2017/05/10 13:22 閲覧数(1467)
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みなさんこんにちはm(__)m
ヤマコロジーの時間です。

第71回日本選手権競輪(通称ダービー)は、
三谷竜生(101期・奈良)に優勝で幕を閉じました。

三谷3兄弟(長男政史、次男将太)の末弟で、
父親も元競輪選手(典正さん・49期)の競輪一家。
まさしく家族の集大成でした。

今回、竜生が優勝できた原因は何か。
もちろん、
運もあったし掴む脚力があったというのが一番の要因です。
しかしそれ以上に、
近畿の選手としてやってきたことが一番大きかったと思います。

ラインは、番手が即席となる桑原大志(80期・山口)。
極端な話、自分だけが届くレースをしても誰からも苦情はきません。
競輪は人間の感情が出る競技ですから、
実質単騎と思って走れる気楽さはあったと思います。

では、なぜ近畿の選手として走ってきたことがよかったのか。

レースは、残り2周半で後方の山田英明―園田匠が動きます。
前受けだった深谷知広―浅井康太は最後方8番手まで引きます。
赤板(残り2周)で前から山田ライン、その後ろに三谷ライン、
人気となっていた平原康多―武田豊樹。

ここで一度平原がミスを犯します。
いつもの平原なら、赤板過ぎに山田を叩いたはずです。
それができなかった。
多分、竜生の出方が分からなかったのでしょう。
もしかしたら先行するかもしれない…。
とっさにそう判断したのだと思います。

竜生からするとラッキーでした。
山田の3番手から、深谷の動きをじっくり見ることができる。
深谷にとってはアンラッキーでした。
平原の動きを利用できなくなり、自ら打鐘前に仕掛けなければいけなくなった。
ここで深谷は、かなり脚力を消耗しました。

そして打鐘過ぎの2センター、
英明は内外線間を外して深谷ラインに飛び付こうとします。
そこを竜生は逃さなかった。
空いた内側を鋭く突いて、最終ホーム3番手を確保しました。
後方では、焦った平原、3番手を取り損ねた英明が1センターで絡み合います。

バックでは、じっくり仕掛けどころを狙っていた竜生。
番手の浅井も今回は本調子ではなく、
仕上がっていた深谷はかましに脚をつかって直線失速。
そして、2人を抜き去った竜生。
全てが竜生に味方しました。

では、その幸運をなぜ掴めたか?
そこで、先ほどお話した近畿の選手として戦ってきたことに繋がってきます。

近畿の選手は、
今回欠場した村上義弘が妥協を許さないレースを信条としているので、
そうしようとしている選手が多いです。
その一人が三谷竜生でした。
普段の心掛けが、打鐘後の2センターの動きがとっさにでる。
刀を磨いていたわけです。

運が来た時に掴める力を養っておく。
総合的に力のない選手は運が来たことも分かりません。
竜生の優勝は、まさしく必然の優勝だったわけです。

私は、平原が深谷の3番手を取ると思って関東ワンツー。
番手の浅井も調子が良くなかったので、穴は深谷かな…
と思って予想していました。

まだまだ甘い予想でした(+_+)



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