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楽しみの創り方

2016/08/11 1:24 閲覧数(3032)
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募集テーマ:夏の思い出

 ふと思い立って見たくもない生涯収支を見てみた。

 僕の戦士たちは5年という短くも長かった月日で、○○○万人が手元から飛び立っていた。

 あれは暑い夏の日だった。当時大学生の夏休み、時間だけはたっぷりあってもそれ以外は何もなかった。人類史上稀にみる最高レベルのクズ人間と化した僕は、暑い日中は涼しい部屋でゴロゴロし、日が沈んだ頃合いをうかがって駅前のバーへ行く日々を過ごしていた。

 夏休みともあり学生街は普段と異なり静かで、言葉では言い表せない哀しい気持ちが街全体に流れていた。しかし、私はそんな街が好きだった。学生でごった返す街で夕方から酒をびたびた飲んでると白い目で見られることも多いが、学生密度が減りに減るこの時期はそんなことはほとんどない。

 いつも行く小汚いバーは、小奇麗な老夫婦が二人で切り盛りしている10席程度の小さなバーだ。値段は大衆居酒屋に比べれば若干高いものの、丁寧な仕事をしてくれ料理もなかなかなもので、値段相応のサービスだと若造ながら納得していた。

 でも、実はそんなことよりもそのバーに行く第一の理由があった。それはいーーーーっつも貸し切り状態だから。これについてはマスターと一対一になることを恐れる人もいると思う。しかし何とも理解あるマスターで、僕の酒と料理を作ると店の奥の方でタバコを吹かしながら本を読んでいるではないか。なんと絶妙な距離感なんだ!酒と料理はいっちょ前にもかかわらず、家で一人晩酌をしているような気分になれる!というわけでそのバーに通っていた。

 閑古鳥を複数羽飼っているこんなバーでも、とち狂った客がたまにやって来る。大体の客はドアを開け店内をみた瞬間に「そろそろお勘定を…」顔になって、ビールでお通しを流し込み帰っていく。そんな中にも2杯目に突入するレアパターンな人もいる。そしてその人が僕に世界で一番暑い夏を僕にくれた。

 その人の名は「吉岡」。見た目はすらっと長身で40代サラリーマン風。僕の横に座るなり「今日は俺が奢ろうか」と話しかけてきた。いくら貧乏かつ馬鹿な学生だとはいえ、知らない人に酒を奢ってもらってはいけない事ぐらい小学校の頃に教わっている。だが、今日の俺は違う。なぜなら公共料金支払いの金を握りしめてこの店にやってきた僕。脳内には、電気ガス水道と不審者「吉岡」が天秤にかけられている。そして天秤は瞬く間に傾いた。

 「え!いいんすか!」
 僕の小さな脳みそは、不審者「吉岡」を瞬時に天からの使者「吉岡」と書き換えた。

 そして奢ってもらえると分かったとたん、ハエにも負けないくらい手を擦り、色んな酒を飲ませてもらった。3時間程度一緒に酒を飲ませてもらって、色々話して分かったことがあった。

 なんと!「吉岡」、天からの使者でもなんでもなくて、生粋のニートと判明!

 酒に酔い、洗いざらい包み隠さず話す「吉岡」。親の車を売り飛ばしギャンブルや無免許飲酒運転等、引くほどのクズエピソード多数所持。おっと店の奥にいるマスターさえ、壁にめり込むほど引いてるではないか。

 なんと、その車を売って手に入れた40万円で競輪で大勝ちしたので、今日は奢ってくれるそうなのだ。大勝ちした?恐るおそるいくら勝ったのか聞いてみた。

 「40万からの大勝ちってことは相当勝ったんすか?」
 「25万くらいは手元にある!」
 「は?」
 
 彼の中では、朝まで手持ちは0円でも今は25万もある。だから、今日は勝ったそうな。

 うん。「吉岡」相当やばい奴だ。今からでも遅くない、自腹で払って金輪際関わらないようにしたほうがいい。だが、時すでに遅し。僕の飲み食いした代金は僕の全財産の公共料金を遥かに超えている。

 ここで彼に「競輪で15万負けてますよねぇ」なんてこと口走ってみろ、このオツムの弱い「吉岡」機嫌を損ねて奢ってくれなくなるかもしれない。だから、ここはあえて彼のフィールドに足を踏み込んだ。
 
 「車売ってまでやりたい位競輪て面白いんですか?僕あんまりギャンブルって…」
 
 おっと、これは若干ディスってしまったかもしれない。だが、意外な反応をした。それまでの、クズエピソードを話していた目とはガラリと変わり、イキイキ嬉しそうな顔つきになった。

 「競輪はオヤジと唯一の接点なんだ。そんでお互いの共通の趣味なんだ。普段は話もろくにしない。一日顔を合わせない事だってある。だけど、競輪場に連れてくとちゃんと目を見て話せるんだよ。」

 「吉岡」の酔った顔がふっと素面にもどった。そして遠くを見て

 「こんな生活してれば人としてダメだって俺自身一番分かってる。真面目に生活してればオヤジとだって上手く付き合えてたかもしれない。だけど、今の俺は社会でうまく生活できない。ちゃんと真面目な人間になるまではオヤジを楽しませてやれることが競輪ぐらいしかないんだよね」

 「でも、車売っちゃうのはマズイんじゃ…」

 「今回売った車はオヤジの車なんだけど、膝の怪我して以来自分で運転する事ほとんどなくなって売ってきてくれって頼まれたの。そんで、売れた金オヤジに渡そうとしたら、その金は俺にくれるっていうわけよ。なんでって聞いたら、いつもお前の貯金で競輪やってたからこれからはこの金で競輪やろうってね」

 「じゃあもしかして今日もオヤジさんと」

 「うん。普段は一日多くて5000円。だけど、今日はパァーと使おうって話で結果15万もつかっちまったわけ。15万なんて大金使ったとなると後悔しそうなもんだけど、今日は負けたけど楽しかったなぁ」

 彼の顔は懐かしいアルバムを見ているような、まさに満ち足りた顔だった。

 テーブルに露で水たまりを作るグラスの酒は融けた氷ですっかり薄くなっていた。その水っぽい酒を飲み干すと彼は去って行った。そして彼は2度とこのバーに来ることはなかった。

 僕は雲間から日が差し込むような、何とも言い難い感慨に浸っていると、ハッ!となる。あれ、「吉岡」颯爽と去って行ったけど、金は!?

 きょろきょろする僕の前にはマスターがやってきた。

 「そろそろラストだよ。これならもう2、3杯飲んでもおつり出るけど何にする?」

 マスターが手を伸ばした「吉岡」のお通し皿の下には綺麗に畳まれた札が挟まれていた。

 「じゃあ、さっきと同じやつを」



 たかがギャンブル。されどギャンブル。

 誰がどんな楽しみを与え、誰がどんな楽しみを貰うかは当人達にしか分からない。だけど、ただ一つ確実なことは、ギャンブルがなければその楽しみは生まれない。

 ギャンブルで身を滅ぼす人がいれば、ギャンブルが心の支えになっている人もいるということ。
 
 僕、あなたのあの顔が忘れられなくて、試しに競輪始めました。
 
 待ってますよ、「吉岡さん」、いつものバーで。
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