その男は、複雑な思いにかられていた。

左手に、少しの汗と祈りを染み込ませた紙切れは、決してただの紙切れではなかった。

確かに、その中の１つ、刻まれた３つの数字は、目の前を通る勝負服の色が示す数字の順番と一致していた。

・・・８－７－１だ。

それだけで喜ぶべきではないか。その男は自分に問うた。

違う。本来ならば・・・だ。

「ここは、番組を見た瞬間に「この３車かな・・・」と思った３車のみに絞って、太く勝負したいところです。
走路温度的に追いが利きやすくなるだろうとの判断で、近況好調の最重ハン２車に、割って入りそうなのは０線からの逃げになると試走以上に強力な走りを見せる①藤本剛、良走路ならこの３車のみで良さそうという雰囲気を感じています。

３単：８－７＝１、７－８＝１」

・・・24時間ちょっと前に、その男がコラムとして上げた文章だ。
2014年８月30日、浜松オート12Ｒ前予想。そこには４つの目しか書かれていない。
そして、これに絞って、勝負したい、と。

だが実際に・・・その左手に握られた紙切れはどうであったのか。

気が付けば、５の頭からも手広く買っていた。
２の絡みも買っていた。
末席には、申し訳程度に４という数字も見えている。

そもそも、その手にある紙切れは、１枚ではない。
その４点であれば、１枚で済ませられるはずなのに。

・・・男は、既にその前の時点で、いつものようにしこたまヤラれていたのだ。
本当にいつも通りだ。面白いぐらいに、いつも通りだ。
その男は、勝負レースで肝心な目を買っておらず、そしてそれ以外のレースでは、まぁ普通に考えたらそれはスイングし過ぎだろうという空振り車券を買ってしまい、それらを積み重ねてしまうのだ。
そこへ来て、今にして思えばこれは一発逆転の大チャンスであったはずだ。

しかし、あれほど強気で示された、４点のうちの１点目に上げられていたその目は、いつの間にか保険的に押さえていた目の１つに格下げられていた。
トリプルＡぐらいに位置付けられていたその目は、いつの間にかＢマイナスぐらいに格付けが下がっていた。格付会社も真っ青の下がりっぷりだ。

その結果、一発逆転として１日のマイナスをひっくり返すどころの話ではなくなっていた。
そのレースのマイナスでさえひっくり返せていないのだ。
人はその現象を「取りガミ」と言う。

それでもその男は、幾らかでも取り返せた事に希望を見出す事にしたのだ。
西の空に輝く夕陽に向かって、その男は走り出した。
既に夕方練習も終わって、誰も居ないメインスタンド前を、その男は夕陽に向かって走り出した。
少しの涙と、少しの笑顔と、大いなる希望を胸に。
その右手には、力強く握る拳に、明日へのリベンジを込めて。
そして叫ぶんだ、夕陽に向かって。
「明日こそは、勝ってやるぞこのヤロー！」

するとどこからか聞こえてくるんだ。

「お客さーーーん、そろそろ閉門ですよーーー！」


・・・あ、いや、違う。分かってくれ。
最後のくだりだけはフィクションだ。
俺はそんな恥ずかしい事はしていない。