昔は毎週水曜日が通称「ギャンブル・ホリデー」、公営競技の開催がなかった。年末年始に関東圏で競輪を楽しむことも叶わなかった。それを思うと、三百六十五日全国何処かで打鐘が鳴り、簡単に電話投票で車券が買える現今は夢の様なのだが、本場でしか打てない競輪が懐かしくないわけじゃァない。
十二月三十日の競輪(グランプリだったのかグランプリ以前の話なのか記憶が怪しい)が終った帰路、友人の某がいきなり豊橋競輪に行こうと、スポーツ新聞の開催広告を俺に見せながら云ったのは何十年前なのだろう。
大晦日の豊橋競輪はA級六個・B級四個の只の平開催だった。特別観覧席などあったのだろうか。とにかく寒くって、暖房が少しだけ効いた換気の悪い部屋を出たり入ったりしながら車券を買った。予想紙を見ていた某が「B級の特選にTが乗っている」とポツリ呟いた。家具屋に勤めていた某はTの自宅に洋服箪笥を搬入したことがある。車庫にはベンツだった。B級でも競輪選手は稼ぐんだよなァ――とヤッカミ口調で俺に教えた。Tは六番車か八番車だったか。ともかく本命と同枠だった。俺達は洒落のつもりでバラ券でTのゾロ目だけを買って見物したのだが、ゴールは◎が千切って離れた二着にTが届き万車券だった。二人とも笑いながら小躍りしたが、すぐに何でもっと沢山買わなかったのだと悔む欲深だった。
矢の様に時は流れて、東京籍だったT選手のフルネームがどうしても思い出せない。
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